プロフィール

仕事と家族の世話に追われて、自分を見失いかけていた私が、”整える暮らし”を始めた理由

初めまして、MIOです。
来てくださって本当に嬉しいです。ありがとうございます。
このサイトを作成した経緯や思いをこちらに綴っています。

わたしは、40代になって、ふと気づいたことがあります。
それは「もうずっと、自分のことを後回しにしてきた」ということ。

仕事、家事、そして家族の世話。”誰かのため”に動き続ける毎日は、充実していたけれど、どこかで少しずつ、心も体も疲れていきました。気がつけば、私の人生は他の誰かのためだけに存在しているような感覚に包まれていたのです。

「私」が消えていく日々

数年前まで、看護師として働きながら母の壮絶な在宅介護と仕事、家事を同時にこなす日々を送っていました。
本業の傍らで副業もかけ持ちし、少しでも家計の足しにしようと必死でした。
母が亡くなった後、一度は「これでひと段落」と思ったものの、日常はあっという間に別の忙しさで埋まっていきました。

子どもたちはだいぶ大きくなり手が離れてきたとはいえ、今度は父の介護や通院の付き添い、具合が悪くなった時の対応など、新たな役割が増えていました。
母の介護と比べれば大変ではないものの、それでも毎日が慌ただしく過ぎていきます。

朝は5時に起きて家事をこなし、出勤。仕事中も走り回り、昼食を取る時間もままならない日々。

仕事が終わってから買い物を済ませて帰宅し、夕飯の準備。
夜は副業の時間。
休日も予定で埋まっていました。

「自分の時間」という概念が、いつしか私の辞書から消えていったのです。

転機は父の病気から始まった

そんな生活が続いていたある日、父が歩けなくなりました。

「ちょっと具合が悪くてね。病院に行きたいんだけど…」

父は持病を抱えており、要介護でもあります。
最近は体調を崩すことが増え、病院への通院が必要な状態に。
それだけでなく、具合が悪くなると点滴に通わなければならないこともしばしば。

月に何度も仕事を休まなければならなくなりました。
副業との両立も難しくなり、このままでは全てが中途半端になってしまうという焦りを感じていました。

上司には事情を話し理解してもらえましたが、同僚へのしわ寄せを考えると心苦しい思いでいっぱいでした。

「仕事も家族も、どちらも大事なのに…」

苦しい選択を迫られる日々が続きました。

時間の使い方と人間関係を見つめ直す

ある日、父の点滴に付き添いながら病院の廊下で待っていると、隣のベンチでおやつを食べているご家族がいました。娘さんが、お母さんに「おいしいね、ありがとう」と笑顔で話しかけています。

その光景を見ながら、ふと自分の日常を振り返りました。
常に時計を気にして、つぎの予定に追われ、「○○しなきゃ」という思いばかりが頭をめぐる毎日。

部屋を片付ける気力もなくなり、あんなに綺麗な部屋だったのが嘘のように散らかってしまった・・

「私はいつから、こんなに余裕のない人間になってしまったんだろう?」

母の介護が終わった時、「これでゆっくりできる」と思ったのに、気づけば新たな忙しさに飲み込まれていました。

携帯の予定を開くと、そこには「やるべきこと」のリストがびっしりと書かれていました。
ふと思ったのです。

「この中に、私の予定は一つもない」

仕事のタスク、副業の締め切り、家事の予定、父の通院、義理で参加する飲み会…すべて「誰かのため」や「しなければならない」という理由の予定で埋め尽くされていました。

「私は何のために生きているんだろう?」

その問いが、私の心に突き刺さりました。

疲れやすくなったのは、自分を後回しにしてきたから

40代に入ってから、体の変化を感じるようになりました。
以前よりも疲れが抜けにくくなったり、イライラしやすくなったり、よく眠れなかったり、寝過ぎたり…。
病気になり、内服も始まりました。

「まあ、年齢だから仕方ないか」

そう諦めていた自分がいました。
でも、それって”年のせい”だけじゃなくて、「自分をケアしてこなかった積み重ね」だったんじゃないかと、今では思うんです。

ある日、鏡を見て驚きました。
顔色は悪く、目の下にはクマ。髪はボサボサで、爪もケアしていない。
服装も、もう何年も同じような無難なものばかり。

「この人、誰?」

そう思ってしまうほど、自分自身が見知らぬ人になっていました。

「今日くらいは早く寝よう」 「ちょっとだけでも外に出てみよう」 「好きだった本を読む時間を作ろう」

そんな小さなことすら、余裕がなくてできない日々が続いていました。

小さな「自分時間」との再会と決断

父が入院し、帰りの道すがらにあったベンチで少し休むことにしました。

春の柔らかな日差しを浴びながら、ただぼんやりと空を見上げる時間。
たったの20分でしたが、その時間が私にとってどれほど贅沢なものだったか。

澄んだ青空の下、ふいに涙があふれてきたのです。

「こんな時間、どれだけ持ってなかったんだろう」

母の介護が終わったのに、なぜか自分の時間はできなかった。むしろ、その空白を埋めるように新たな「やるべきこと」が増えていました。

たったその20分の休息で、驚くほど心が軽くなって。「あ、私、ずっとこういう時間を欲しかったんだな」って気づいたんです。

それは、”自分を取り戻すための第一歩”でした。そして同時に、このままではいけないという決意も生まれました。

働き方と人間関係を変える決断

あの日を境に、私は少しずつ生活を変え始めました。

まず、副業を手放し、本業の働き方を見直しました。
自分がどうしたら1番無理なく、心を安定させながら働けるのかを最優先に考えました。

次に、人間関係の見直しにも着手しました。

これまで義理で参加していた飲み会や、実は疲れてしまうと感じていた友人との付き合いを、思い切って減らしていったのです。
自分にエネルギーをもたらしてくれる人との関わりを大切にする一方で、エネルギーを奪われる関係からは少しずつ距離を置くようにしました。

最初は後ろめたさや不安もありました。
でも、自分を大切にする決断をしたことで、不思議と周りの景色が変わり始めたのです。

少しずつ始めた「整える時間」

生活を見直す中で、私は意識的に「自分を整える時間」も作るようになりました。

最初は本当に小さなことからでした。

  • 1日1回はリビングで静かに大好きなコーヒーを飲みながら楽しいことを考える
  • 旅行の計画を立てて楽しむ
  • 月に一度、本当に心から話せる友人とのランチを優先的に予定に入れる

「自分のため」に時間を使うことに、最初は罪悪感さえありました。
母の介護で精一杯だった日々を過ごしてきた私には、自分のために時間を使うことが「贅沢」に思えたのです。

でも、不思議なことに、そんな小さな「整える時間」を持つようになってから、仕事や家事、父の看病にも余裕が生まれてきました。
時間は減ったはずなのに、充実感は増していったのです。

イライラすることが減り、家族に優しく接することができるようになりました。
成長した子どもたちとの会話も増え、「お母さん、最近元気だね」と言われるようになりました。

「整える暮らし」が私にもたらした変化

自分を「整える」ことを意識するようになって、変わったなと感じることが増えたなと感じます。

体調面では、睡眠の質が上がり、慢性的な肩こりも和らぎました。
精神面では、「今日も一日がんばった」と自分を認められるようになり、小さな喜びを感じる瞬間が増えました。

仕事面では、時間は減ったものの集中力が上がり、以前より効率的に取り組めるようになりました。
これからは在宅での仕事ができるように、新たな分野に挑戦していくことにしました。

人間関係でも、「付き合いで」という理由だけの交流は減り、代わりに心から楽しいと感じる友人との時間が増えました。表面的な付き合いから解放されたことで、精神的な疲労が驚くほど減ったのです。

特に大きかったのは、「自分の人生」を取り戻せたこと。
仕事人間であり、母であり、娘である前に、一人の人間として生きる感覚を思い出せたのです。

その結果得られたことがあり、人生が楽しく思えてきたことが私にとって大きな事です。

趣味も見つけられ、新しい仲間もできました。
ずっと行ってみたかった海外旅行にも挑戦することができました。

父の介護はこれからも続くけれど、今は「どうやって向き合うか」という気持ちに変わってきました。
母の介護で学んだことを活かしながらも、自分自身も大切にするバランスを見つけつつあります。

このブログについて

このブログでは、仕事や家事、家族の看病の合間でもできる「整える習慣」、ひとり時間を持つことで心と体がふっとゆるむ「旅」や「もの・こと」について書いていきます。

具体的には:

  • 疲れやすくなった40代の心と体をゆるめるヒント
  • 忙しい日常の中でも行けた”整う旅”の記録
  • 実際に使ってよかった癒しアイテムやセルフケア習慣
  • 仕事と家族と自分の時間の両立について考えたこと
  • エネルギーを与えてくれる人間関係の作り方 などなど。

そんな内容を、私自身の体験を通してお届けしていく予定です。

最後に

このブログは、**「誰かのためばかりで、自分のことを忘れかけていた」**そんな私の、回復の記録でもあります。

母の介護という大きな山を越え、今は父のケアという新しい役割がありながらも、自分自身の人生も大切にしていくバランスを模索しています。

完璧な社員、完璧な母親、完璧な娘であろうとすることをやめた時、逆に周りとの関係は良くなりました。自分を大切にすることは、決して自己中心的なことではなく、周りの人にも優しくなれる原点なのだと気づきました。

同じようにがんばってきた人が、「自分にも、こういう時間があっていいよね」って思えるきっかけになったら嬉しいです。

これからも、試行錯誤しながら「ひとり時間を研究」し自分と誰かのお役に立てるよう発信を続けていきます。
あなたも、一緒に自分を取り戻す「旅」をしませんか?

どうぞ良い1日を。